背景
飛騨地域では、モクレン科のホオノキの葉を用いた独特の食文化が古くから受け継がれてきました。朴葉餅、朴葉寿司、朴葉味噌など、この大きな葉は単なる包装材を超えて、地域の食文化の中核を担ってきました。
しかし近年、この伝統的な朴葉利用文化は大きな転換期を迎えています。年間数百万枚という膨大な需要に対し、国産供給はわずか10万枚程度。実に需要の95%以上を中国産に依存している現状は、文化の持続可能性に深刻な疑問を投げかけています。
この危機的状況の中、私たちは朴葉利用文化の実態を明らかにし、持続可能な継承の道筋を探るため、飛騨地域における大規模なアンケート調査を実施しました。
アンケートの実施方法
調査概要
- 調査期間:2024年~2025年
- 調査地域:岐阜県飛騨市・高山市を中心とした飛騨地域
- 総回答者数:174名
- 調査方法:対面式アンケート調査
調査会場と対象者
- ばあちゃん食堂(76名)- 地域の食文化の担い手である中高年女性層
- 親子クッキング教室(14名)- 次世代への文化継承の現場
- 公民館講座(15名)- 地域コミュニティの学習機会
- その他の会場(69名)- 地域イベント等
結果
回答者属性の特徴
調査に協力いただいた174名の属性分析から、朴葉利用文化の現在の担い手像が明確になりました。
制作経験と継承意向の逆転現象
最も衝撃的な発見は、世代間での「経験」と「意欲」の逆転現象でした。
世代別に異なる障壁の構造
朴葉料理を作る際の障壁について、世代ごとに顕著な違いが現れました。
「朴葉を採る場所がわからない」「クマが出るから山に入れない」「作り方を教えてくれる人がいない」- アンケート自由記述より
考察
1. 世代間断絶の深刻化
調査結果は、朴葉利用文化が世代間断絶の危機に直面していることを如実に示しています。高齢層が持つ豊富な知識と技術が、それを求める若年層に伝わる前に失われつつあります。
特に注目すべきは、50代が転換点となっている点です。この世代は81.0%という最高の経験率を示しながら、継続意向は52.4%に低下し始めます。まさに文化継承の「最後の砦」となる世代と言えるでしょう。
2. 現代生活との不適合
中年層(40-50代)において「調理の手間」が最大の障壁となっていることは、現代の忙しい生活様式と伝統的な調理法の不適合を示しています。この世代は朴葉料理の価値を理解しながらも、時間的制約から実践を躊躇している状況が浮かび上がります。
3. 供給システムの脆弱性
「朴葉を採る場所がない」という回答が全世代で上位に挙がることは、個人的な採取に依存した現在の供給システムの限界を示しています。さらに、クマ出没による森林立ち入りへの不安は、飛騨地域特有の新たな障壁として無視できません。
4. 性別による文化参加の非対称性
女性の制作経験率(66.7%)が男性(40.7%)を大きく上回る一方、男性の主要障壁が「作り方がわからない」であることは、文化継承における性別の偏りを示しています。この非対称性は、文化の持続可能性にとって大きなリスク要因となっています。
おわりに
174名の声から浮かび上がったのは、飛騨地域の朴葉利用文化が直面する複雑で多層的な課題構造でした。しかし同時に、若年層の高い関心と意欲は、この文化に未来があることも示しています。
持続可能な継承への提言
- 世代間交流プログラムの創設:高齢層の知識を若年層に伝える体系的な機会の創出
- 調理法の現代化:伝統を守りながら、現代生活に適応した簡便な調理法の開発
- 組織的供給システムの構築:個人採取から地域管理型の朴葉供給体制への移行
- 性別を超えた参加促進:男性や子どもも参加しやすい文化継承の場づくり
朴葉利用文化は、単なる調理技術ではありません。それは飛騨の森と人々の暮らしをつなぐ、地域アイデンティティの象徴です。この調査が、文化の持続可能な未来への第一歩となることを願っています。
本調査にご協力いただいた全ての皆様に、心より感謝申し上げます。